蛇を踏んで・随感【 山本瓔子・詩のギャラリー公式サイト】


蛇を踏んで 2005/8/14

蛇は大嫌いである。
私の祖母は、蛇年で、それと関係あるのかどうか蛇に対して嫌悪
感を持たない。

そんな人もいるのかと驚くが、とにかく私は蛇は嫌いだ。
爬虫類は全てダメである。いや、昆虫もあまり好きじゃない。
私が自分の手でさわれるのは、コオロギとテントウムシと蠅取蜘
蛛位なものだ。

これは幼い頃の親の教育が大きく影響している。
蜘蛛と名の付くものもみんな大嫌いなのに、唯一、蠅取蜘蛛だけ
は許せるのは、形が極めて小さくおよそ蜘蛛のイメージからかけ
離れているということと、蠅を捕ってくれるいい奴だということ
が、刷り込まれているせいに違いない。

蛇は嫌いだが、錦蛇のハンドバッグは好んで持つ。
ということは、美しくて、動かないからいいんだろう。勝手なも
のである。

一般に蛇は、性質は温和で、毒蛇といえども自衛目的以外に,進んで人を攻撃することはないという。
しかしあのキャタピラみたいな腹板を使って、右に左に匍匐運動
をするのがたまらなくいやだ。その上早い。
無毒の蛇は、小鳥や雛、卵を食べる反面、農作業に被害を与えるネズミを捕食してくれるという。

以前、東京銀座四丁目のど真ん中で、ばかでかいクマネズミだかどぶネズミだかがちょろちょろしているのを見たことがあって、
足がすくむような嫌悪感をおぼえたものだが、蛇もさすがに銀座
にはいないだろう。

銀座にいない蛇も、世田谷では見かける。
知人宅の出入り口の格子窓に絡んでいたことがあって、ギャーと
ばかりに戦いていたら、あるじが勇敢に棒きれで叩きに叩いて、
退治した。
ペロンと伸びきった蛇の姿は、なぜか哀れで、何の抵抗もしなく
なった蛇を、あるじは地上でまだ叩いていた。
そこまでしなくてもと思わずにはいられなかったが、蛇は夫婦仲
が良いと聞く。その辺に連れ合いがきっと哀しんでいるだろうと
思った翌日、すぐそばを流れる野川を泳ぐ、一匹の蛇を見た。
多分連れを探していたのだろう。申し訳ない思いがした。

忘れられない思い出もある。

私がまだ小さい頃、そう、小学校1,2年の頃のことだ。
とっぷりと日が暮れて、あたりが薄墨色になった頃、隣家との境
の細道を、玄関から裏の勝手口へ向かっていた。
スキップしながら、歌を口ずさんで・・・。
その時細道に、1本の縄が横たえてあった。
「あ、こんなとこに縄があるゥ」
そう思った私は、スキップしていた延長で、「ケンケン パ」に
切り替えて「パ」と、その縄を両足で踏んづけてやろうかと考え
た。そしてとっさの判断で帰りにそれをしようと思い、行きは縄
を飛び越えて、進んでいった。

今度は勝手口から玄関への帰り、くだんの縄のところまで戻って
きて驚いた。さっきあった縄が無くなっている。
「蛇だった!!」
私は呆然と立ちすくんだ。

あのとき何の意味もなく「踏んづけるのは帰りにしよう」と思わ
なかったら、私の両足は紛れもなく蛇を踏んでいた。
蛇も驚いたろう。が、私はどうなっていただろう。
多分毒蛇ではなかっただろう。しかし、自転車のスポークに絡ん
だ蛇のように私の足に絡んだか?

鮮明に脳裏に焼き付いて、忘れようとしても忘れられない出来事
だった。
大人になってから様々なことと一緒に、「私は守られている」と
しみじみ思い知らされることの一つである。

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