いじめ・随感【 山本瓔子・詩のギャラリー公式サイト】


いじめ 2006/12/27

いじめの構図

これは子どもの世界だけのことではありません。大人の社会にもいつでもちゃんと存在するのです。

職場の上下関係。家庭内の嫁と姑。近所づきあい。etc.....

いじめは受け身になったら、ほんとにつらい物です。

いじめられる対象になるのは、子どもの場合、その子がとても可愛い子だったり、おとなしい子だったり、やさしい子だったりします。

大人の場合はもう少し陰湿で、「虫が好かない」とか「気にくわない」とか、何か別の所で、とても優れたものがその人にあって、「それが目障り」だったりすることが多いのです。

いじめは100%いじめられる側に非はありません。いつもいじめる側に非があります。

人としてほんとに恥ずかしいことをしているのです。

こう言ったら相手はどう思うだろう。

どんな気分になるだろう。

どんな悲しい気持ちになるだろう。

そういう相手のいたみを、思うことが出来ない、想像力の欠如した人間がいじめの構図を作っています。

それは子どもでも大人でも同じです。

会社の中の上役、同僚、嫁いびり、姑いじめ・・・・・

注意するとき、おなじことを相手に伝えるにも、言葉を選ぶ義務があります。

衆人環視のなかで、言われたくないことをいうとか、極端に冷たく邪険な態度をとるとか、思ったことは何でも口に出してしまうとか。

相手の言い草や、行動をまねして笑い話に仕立てる、しかもびっくりするほどオーバーな表現でとか。

相手は血の通った人間です。言われたらどんな思いになるか。考えたことありますか?

周りの友人たちは、みんな「そういう人なんだから」「まだ成熟してないから」「わたしたちみんなわかっているから」と慰めてくれても、痛みつけられた心は、癒されません。

堪えられる人は、強いからいい・・・という問題でもありません。

もし、あなたが、少しでもいじめる側の人間をしたことがあると感じたら、すぐやめて下さい。

やめなかったら、社会も人間関係も決して良くはなりません。

あなた自身も陰で「こういう事をしてる人だから」と、軽蔑されたり、もてはやされるように見えても実は強持てであったりするのです。



いじめ2 2006/12/29

[ いじめる側の人へ ]

あなたは何でも思ったことを、何の考えもなく、すぐ口に出したり、行動に移したりしませんか。

あっけらかんと、何の意図もなく、むしろ自分は朗らかな人間だと信じていませんか。

そして自分の気に入らないことには敏感で、いじわるな言葉を発したり、行動に移したり、それを根に持っていつまでも、うじうじと愚痴ったりしていませんか。

そんなあなたの言動が、おとなしい内気なひとを、どんなに傷つけているか、考えたことがありますか。

そういう態度を「いじめ」と言わないで、何と言うでしょう。

「指導だ」「注意だ」「教育だ」とあなたは言うかも知れません。とんでもないことです。

あなたがはるかに年上の、地位も身分も上の人だったら、百歩譲って「指導」「注意」「教育」としてもいいでしょう。

しかし現代のように、多種多様な社会では、年齢が逆転している場合もあります。過去の地位が通用しない場合もあります。しかし、譬えそんな時でも人間としての礼節は、保って頂くのが、正しい人間関係というものではないでしょうか。

人間としての礼節、これは日本人の心なのです。

あなたを見る人は、みんな見ています。良識ある人は、心のなかで判断しています。

思ったことを、すぐ口に出すのではなく、言葉には責任を持たなくてはいけないことを。

それが出来ないと言うことは、あなたが劣等感のかたまりだからです。最下等の人間だということを自ら証明しているということなのです。

[ いじめられている人へ ]

プレッシャーに負けないで下さい。

どうしても負けそうになったら、ひとりで抱え込まず、周りの誰彼かまわず、話してみて下さい。「今、こうなの」「こういうことがあったの」「こうされたの」「こう言われたの」手当たり次第話して歩いて下さい。

聞いてもらうだけで心が晴れる場合もあります。解決の手を差し伸べてくれる人もいるかもしれません。同じ思いの人もいるかもしれません。

どうしても解決されない時、どうやっても改善されない時は、周囲の誰かに話して、その学校なり会社なりをやめてしまうことです。他の学校なり会社なりを探すことです。

どうしてもやめられない事情があるときは、その事情と、学校なり会社なりとを比較してみることです。

そしてより重大な方を選ぶことです。その事情がなくなるまで辛抱をする覚悟で。それもやむを得ない選択といえます。


いじめ3 2007/1/ 6

いじめる側の人へ

人をゆるすと言うことが、どんなに大切なことであるか・・・

あなたは考えたことがありますか?

そしてあなたは人をゆるしていますか?

自分の思った通りにならないと、腹をたてていませんか?

たとえば年賀状が先に来なかった、ということで頭に来ていませんか?相手がどんな事情で間に合わなかったか、考えてみていますか?

相手が落ちこんでいるとき、それがあなたに起因しているということに、思いを馳せたことがありますか?またある日は、相手があなたのご機嫌にあわせて、うれしそうにしているとき、「きまぐれだ」という一言で、相手を痛めつけていませんか?そういうあなたの態度のほうが余程「きまぐれ」なのです。

立場が少し上になったとき、「みのるほど頭(こうべ)をたれる稲穂かな」の精神を忘れてはなりません。

本当に優れた人は、心底、相手を敬います。

舐められるからと、力んでいては「虎の威を借る狐」でしかありません。

そこまで考えて行動しないと、相手のすることが全て気にくわなくて、あなたのイライラが募るばかりです。それは周りの誰もが見ているのです。相手の不平不満ばかりいっているとあなたの人生が腐ってきます。

相手の声色をまねるのはやめましょう。

相手の姿、癖、行動、をおもしろ可笑しくまねるのはゼッタイしてはいけないことです。

近頃のテレビでの芸人のようでしかありません。みっともないことです。そんな軽薄な行動を自慢するより、本を1冊(文学書や哲学書、古典ならなおいい)読んでごらんなさい。そして考えるのです。どんなことが真に価値があるのかということを。

いじめ4 2007/1/11

ここに書く「いじめ」は子どもたちだけに限って書いているのではありません。

大人にも通用するいじめ、勿論子どもにも当てはまる「いじめ全般」について、述べています。

それからいわゆる、最近特に目に付く、「いじめによる自殺」だけに絞っているわけでもありません。もっとちいさないじめも対象にしています。

ちいさな芽を摘むことによって、いじめを根本から減らしていけたらいいと、思うのです。

[ いじめる側の人へ ]

自分の基準でモノを考えないことが大切ですよ。

相手が不満の固まりに見えてしまいます。

人はみんな違うのです。

違って良いのです。

それをいちいち気に入らないと批判していたら、あなたの心は、とてもいじわるな物になります。

人に注意を与えるときも、険しい口調で頭ごなしに「これこれしなさい」「どうしてこんなこともできないの?」「あなたってだめねえ」「他の人は出来るのにあなたは出来ないのよ」と人前でみんなに聞こえるように、大声を出したり、せせらわらったり、皮肉ったり、周りにいる人に同意を求めるように「・・・よ、ねえ」などとバカにした発言をしたりするのはれっきとしたいじめです。

自分は優越感に浸っているつもりでしょうが、いじめていることに他ならないのです。周りにいる人は、仕方なしに同調をしていますが、だれもがいじめている人に批判的な気持ちを抱く瞬間です。それは同時にあなたへの評価をさげてしまうことだということに、気がつかないのでしょうか。

[いじめられる側の人へ]

思いきって、相手のふところに飛び込んでみませんか。

そんな簡単に飛び込めるような相手ではないことは、よく解っています。

しかし、自分を変えることも、ひとつの大事なことではあります。

トライしてみる価値はあります。

何度でも試してみましょう。

案外一つの方法が見つかるかも知れないのです。

相手が望んでいるなら、ばかばかしいと思っても、合わせてやることも必要かもしれません。相手の冗談がくだらなくても、話の輪の中に入って見るとか、兎に角敵意をむき出さないこと、くやしいと思っても、腹の虫が治まらなくても、とにかく一度自分を変えてみてください。

いじめ5 2007/1/21

いじめられている側の人へ

相手の胸の中に、思いきって飛び込んでみるのも、一つの方法ではあります。譬え不本意でも、すり寄って、「自分はあなたの味方です」という態度を、示してみるのです。自分に好意を示す人に対し、そんなに悪い気がしないのも、人情というものです。

どうしてもそれが出来ないという人もありましょう。自分のプライドが許さないとか、そんなへつらうような態度はとりたくない、と言う人もありましょう。

無理にそうしなくても、ただ黙って柔和な表情を湛えていれば、いいのです。

決して暗い顔や、文句のある表情をしていていては、いけません。事は解決されないばかりか逆に反発を買って、余計いじめられることになります。

自分を信じること。信じて信じて信じ抜くこと。そして、いやなことは忘れること。その努力だけは忘れないで下さい。

いじめる側の人へ

あなたがしているいじめは、どんなに人を苦しめているか。ちょっと考えてみましょう。

あなたはいじめだとは思っていないかも知れません。

でもそれが相手を苦しめていたり、つらい思いにさせていたら、それは、完璧にいじめです。

みんなが見ています。見ている人はみんな解っています。チャンスがあったらあなたから離れようと思っています。

あなたの言葉を少しだけ変えてみませんか。

ある人には優しい言葉を使うでしょう。だけどいじめる相手の人には優しい言葉を使っていますか、いじわるを言ったり、皮肉をいったり、異常な感覚で態度に表したり(たとえば手を振り払うとか、顔をそむけるとか、ひときわ声高に指摘するとか)しているでしょう。

そのヒステリックな態度を、反省しなさい。誰にでも対等に示せる穏やかさを備えた人こそが、真に人の上に立つ資格のある人といえるのです。

いじめ6 2007/1/27

学校へ行くのが・・会社へ行くのが・・死ぬほどつらい・・

誰にもこの気持ちは解らない。

そういう思いをしたことはありませんか。

そう思っている人には、本当につらいものです。

弱い立場のものに対して、一方的に攻撃の手を、継続的に加える・・・・・・。

だれか一人がターゲットになれば、それで満足なのです。

10人も20人もターゲットはいりません。

本当に卑怯です。

これ以上の卑怯があるでしょうか。

そのために、いじめられた側の人は、死ぬ思いもします。

やめたくなります。一切振り切ってそこから逃げ出したくなります。

相手をそういう思いにまでさせて、人間社会が築けますか?

人間のくずだと思いませんか。

深く深く考えてみて下さい。どのように振る舞ったら、人に慕われるか。

いじめられている人は、決して心を開いてはくれません。

いじめ7 2007/2/2

いじめをうけているあなた。

どんなに毎日がつらいでしょうね。ほんとに死にたくなるでしょう。憂鬱で気持ちが晴れないばかりか、どうしようもなくいたたまれない日々が続くでしょう。針のむしろに置かれている気分でしょう。

いじめているあなた。

あなたは無神経です。人の気持ちがまるで解っていない・・。もし解ってしているならあなたは鬼です。夜叉です。人の仮面を被った鬼畜です。人をいじめることに喜びを感じているなんて、最低です。

あなたはどんな親に育てられたのでしょう。親の顔が見てみたいです。あなたが親ならその子どもはどんな子どもに育つでしょう。親の資格はありません。まして人を纏める立場はふさわしくありません。すぐやめるべきです。

相手によって態度を変えるのは、人間が完成されていない証拠です。恥と知るべきです。

いじめられているあなた。

しっかりして!!負けないで!!めげないで!!みんな周りにいる人は知っているのです。みんな自分のところに火の粉がかかるのを、避けて、いじめる人におべっかを使っているだけです。

毎日心臓がドキドキしているでしょう。喧嘩してやめてしまうことが出来る人は、そうすればいい。しっぽを巻いて逃げることの出来る人はそんなとこに長居は無用です。しかし我慢しなくてはならない立場だったら、ドキドキしながら耐えなければいけない。健康にも悪いです。寿命も縮みます。

だからみんなに言いふらしなさい。いじめの現状を誰彼かまわず、正直に言いふらしなさい。あなたに出来るのはそれしかないのです。知らなかった人に解ってもらいなさい。決して一人で抱え込まないように。些細なこともみんな告げるのです。ほんとのことを伝えればどちらが悪いか周りが判断してくれます。そして中には味方になってくれる人も出てきます。中には知恵をかしてくれる人も出てきます。

「止まない雨はない」とか「じっと耐えていれば風も止む」とか「人格が疑われる人だから、かわいそうと思え」とか励ましてくれるでしょう。でもあなたは(ぜったいいじめはやめないだろう)と思うかもしれません。そうです。これはあなたに原因がある。つまり、とても頭が良いとか、とても可愛いとか、なにかずば抜けて素晴らしい特技をもっているとか、手が届かない何かをもっているとか、とてもやさしいとか、とてもおとなしいとか、内気だとか。そういう場合が多いのです。

それらに対する嫉妬、妬み、嫉みが遠因になっているのですから。

出た釘は打たれるのです。出過ぎていればかえって打たれないかもしれませんが。

つらくても一生懸命やるしかないのです。1年、2年、せいぜい3年の辛抱です。そうすれば新しい世界が開けましょう。

お願いです。いじめている人は、自分の非に気づいて下さい。本当に馬鹿げている行動だと認識して下さい。あなたがたいしたことじゃないと思っていることが、どんなに人を傷つけているか、解って下さい。そうすればあなたは強持てでなく、心底から慕われるでしょう。

いじめ8 2007/2/3

いじめているあなた!!

あなたに少しでもいじめに対する後悔の気持ちがあるならば、勇気を出して一生懸命関係の修復に努めないといけません。

当然のことです。

人間関係が壊れるのは早いものです。一度壊れた関係を、修復するには長い長い時間が必要です。

傷んだ心のキズを癒してあげるには、誠心誠意尽くさねばなりません。

いじめられた人は、あなたの気まぐれな少しきりの変化では、納得がいきません。猜疑心、疑心暗鬼、おそるおそる、といった気持ちで胸の中はあふれかえっているのです。いつまたあなたが以前のように豹変するかわからないから・・。

かわいそうに!

あなたが、悪かったと少しでも思ったなら、朝晩の挨拶だけちょっとするのではなく、一言でも二言でもやさしいことばをかけてあげなさい。毎日そのように努力しなさい。毎日毎日ですよ。心の落ち着くやさしいことばを毎日です。

そうしているうちに、少しずつ、少しずつ凍っていた心が解けてくるのです。

あなたの○○日とか○○記念日が近づいてきたから、なにかを狙って急にやさしくなるというのでは、見え透いています。周囲の人もそんなこと、とうに見透かしています。

恥かしいことです。

完璧主義のあなたは、他人にも完璧を求めています。いえ、他人に厳しく自分にやさしいと思える、えげつない行動を自ずから犯しています。自分は自分、他人は他人、と割り切ったおおらかな、寛容の精神に目覚めなさい。博愛と寛容が人間にとって一番大切なことだと認識しなさい。

いじめ9 2007/2/9

いじめはどうして無くならないのでしょう。

人間の悲しさです。相手の存在が気に入らないのです。自分を愛する気持ちが強すぎるのです。自己愛です。自己愛が強い為に、相手が気に入らない。又は気になる。相手の存在そのものが、許せない。

それによっていじめられる側は、真剣に悩む。自殺したいほど苦しむ。

でもちょっと待って下さい。こんな人の為に、自殺してしまうなんて、やめましょう。馬鹿げたことです。そんな価値のない人になんで自分の命をかけるのでしょう。死にたいと思うほどだったら、その学校、会社をやめて他に変わってしまえばいいのです。(ただし勇気はいります。後のことも考えなくてはいけません。)でも、我慢することでは無いのです。

それほどいじめられた人は、苦しんでいるのですよ。いじめる人はよーく考えて見て下さい。いじめるという意識はなくとも、結果はいじめていることと同じなのです。

相手を否定しないで下さい。相手を無視しないで下さい。相手の気持ちになってあげて下さい。自分の言動にもっと客観的になって、静かに見直すゆとりを持って下さい。

直情径行に全ての言動を処理するのでなく、深く考えて、言って良いことと、言ってはいけないこと、してよいこと、してはいけないことを、客観的に考えて下さい。あなたの、思ったことをポンポン発する人間性が最大かつ根本の原因、すべての悪の根元になっているのですから。あなたの軽はずみな考え、態度がいじめの世界を作っているのです。

CornerTopic

合唱研究会で「あすという日が」

「あすという日が」の指導に当たって

LinkIcon詳しくはこちら

歌のアドバイス「風のめぐるとき」

「風のめぐるとき」を学校で練習しているという方からメールをいただきなにかアドバイスをということでした。

LinkIcon詳しくはこちら

母親と子供と詩

子供さんが学校で詩が書けないというとき、母親としてはどうしたらいいでしょう。

LinkIcon詳しくはこちら