合唱研究会で「あすという日が」・随感【 山本瓔子・詩のギャラリー公式サイト】


合唱研究会で「あすという日が」

東京都小学校合唱研究会の定例会で「あすという日が」の歌が取り上げられ
その時にメッセージを求められましたので、ここにご紹介いたします。

  「あすという日が」の指導に当たって

■先生方へ。前書き

 この度、合唱研究会の定例会で、私の作詩による「あすという日が」をお採りあげ下さるというお話を伺いまして、大変光栄に存じました。
思えばあの3月11日、東日本大震災による大変な打撃を、日本中が受けました。
やり場のない悲しみを味わい、自分があまりにも無力であることを思い知らされ、私は創作する意欲すらなくしていました。音楽が何の力になれるだろう。言葉で何ができるだろうと、ただ悶々とした日々を過ごすばかりでした。

そんなある日、仙台八軒中学校合唱部の生徒がこの歌を歌い、被災者が涙して聞く様子がNHKテレビのニュースで流れました。
NHKに問い合わせが殺到したといいます。ユーチューブで話題になり、現在、夏川りみ秋川雅史など多くの方に歌われています。

この歌が避難所で歌われ、皆が感動し勇気を与えられたと知ったとき、私は初めて気づきました。「言葉の力でまだやれることがあったのだ」と。
言葉というものは、心を動かす力になれると思ったのです。
詩を書いても、後方支援にもなれないのではないかと思っていましたが、そうではありませんでした。被災者は涙を流して勇気を貰ったとおっしゃいます。
むしろ私の方が、書かねばならないのだと、  
励まされた思いでした。
多くの人の悲しみと苦しみに、寄り添って
行かねばと、心底から思いました。苦しみを共に分け合おうと思ったのです。「あすとい日」を切り開いて、生き抜くこと、希望を捨てずに、大きな力と、絆と、癒やしを見つけて、共に歩んでいきたいと思いました。
この歌の中に通っている精神は、私の変わらぬテーマです。小中高校生の若者たちに、どんなときでも、希望を持ってまっすぐ進むようにと、エールを送る歌です。平成18年に発表されたもので、以来みんなを励ます希望の歌として卒業式などでよく歌われるようになりました。
そういったバックグラウンドを、ご理解いただいた上で、この歌を子供さんたちに、わかりやすくご説明いただけたらと、長くなりましたが、前置きをしたためました。

■4年生の皆さんへ

皆さんはこの歌を聞いたとき、どんな思いになりましたか?またはどんな風に感じましたか?
「私はこう感じました。」
「僕はこう感じました。」と
話し合ってみるといいですね。いろんな新しい発見が出来ますよ。

皆さんはミカンとかナシとかリンゴ、柿などが木の枝になっている風景を、見たことがありますか?
重そうに実りの果実をぶら下げて、あの細いしなやかな枝が、がんばっている姿を見ると、自然の世界って本当に凄いなあと思います。栽培農家が枝に支えを添えているものもありますが、自然界で育った果実の姿は、雨風に耐え、いっぱい太陽を浴び、一生懸命生きようとして、頑張ってきた結果なのです。
あの果物たちは、だれも悲しんだり、苦しんだり、いじけたり、ひねくれたり、怒ったり、喧嘩したり、意地悪したり、絶望などしていません。
みんなすくすく健康に育って、お日様と仲良く明るく、一日一日をしっかり生きています。
明日はもっと大きくなろう、もっといい色に熟していこうと、にこにこ頑張っています。
風が吹いても、雨が降っても、嵐の時だって負けるものかと頑張っております。

また道の草はどうでしょう。
コンクリートの割れ目から、スックと伸びた草、人が通るのを物ともせずに生えている草、道の真ん中でも端っこでも、平気で芽を出している草、ちょっと見たところ、邪魔そうな草ですが、草にとってはここが自分の場所だと言わんばかりに、堂々と根を張り、踏まれても、踏まれても、負けるものかと伸びてきて、精一杯生きています。そして誇らしく小さな花さえ咲かせています。まるで勲章のようです。

これは本当に自分の生える場所はここしか無いと、草の命が覚えているからなのです。
誰を疑うこともなく、自分を疑うことも無く、明日がくることや、幸せの花を咲かせられる事を、生命が覚えているから出来るのです。

皆さんも長い人生のうちには、きっと何度も躓いたり悩んだりすることがあると思います。今は何もなくても、大きくなるにつれて、
悩みや苦労や挫けることが増えてきます。そんなとき、マイナスをプラスにかえる事が出来たら、毎日を明るく過ごせるようになりますよ。つらいことや苦しいことに、立ち向かって、はねのけていく強さが、生まれてきます。

たとえば、悲しいこと、苦しいことがあったとき、あなたはどのように受け止める、つまり感じるでしょうか。
その受け止め方によって、その先見えてくるものが変わるのです。この受け止め方、というのは、私たちみんなが持っている一つの癖なのです。心の癖と申しましょうか。
たとえば、誰かが「あしたの遠足はきっと晴れるよ、待ち遠しいね」と言ったとします。そのときA子さんは「そうだね。きっと晴れるね。楽しみだね」と答えました。そしたらB太君が「そんなこといったって明日のことは明日にならなくちゃわからないよ。土砂降りなるかも知れないし」と言ったとします。
この時のA子さんは、とても素直で物事を明るくとらえていますね。ところがB太君はちょっと素直でない考え方をしましたね。
物の受け止め方が二人は違うわけです。

それで次の日、夕方から雨になって、帰り道、濡れたとします。B太君は「あーあ、新しい靴は濡れちゃうしリュックも台無しだ」といいました。A子さんは「一日遊んだ後で雨になって、ラッキーだったね。今日は楽しかった」といいました。
さあこの二人のどちらがマイナスをプラスにかえる事が出来る考え方だと思いますか?

こうやってマイナスをプラスに変える事が出来るように、少しずつ自分の癖を直していったら、自分がもっといい子に変わって行けるのです。そして変わることが、これからのあなたの人生を明るくしていきますよ。

「あすという日が」の歌のように、どんなことがあっても、明るいあしたに向かって進んでいける強い子になれます。

四年生は10歳ですね。四年生になると二分の一成人式という記念の行事が行われると聞きました。成人の半分に達したわけですものね。すてきな言葉、立派な心構えを持とうという、素晴らしい取り組みですね。

この記念すべき年に、「あすという日が」の歌の持つ意味をよく考えて、前向きで明るくどんなときも挫けない心と考え方の癖を、身につけて下さい。必ず良い結果がついてきますよ。

この歌があなたの大事な思い出の歌となるよう、私は心から応援しています。

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