私の釣り・随感【 山本瓔子・詩のギャラリー公式サイト】


私の釣り 2005/9/15

常日頃から好奇心の旺盛な私は、何にでも首を突っ込む。
そして、はぁ~こういうものか、と解ってしまえばまず第一段階
は終わる。
のめり込んで行くか行かないかは、その時点で決まるのだ。

第一段階で得た知識は、決して無駄にはならない。詩や文を書く
上で、かなりの助けになる。
釣りもその一つだった。

私の住んでいる所は、近くに多摩川が流れていて、川釣りを楽し
むには格好の場所である。
今はヘラブナの人気が高いようで、釣り師が平日でも釣り糸を垂
れている。
ヘラブナは食用にならないせいもあって、釣果を楽しんだあとま
た放流するようだ。

多摩川はしばらく前までは、かなりの汚染度だった。
いまは昔に戻っているが、その汚染が始まるより以前、川の流れ
は実に清らかで澄んでいた。
釣った魚は当然のように、食用にした。
夏になると、近隣の子どもたちの格好の遊び場として、水しぶき
が上がり歓声に包まれていた。

当時、日曜になるとよくヤマベを釣りに行った。
魚の名前は、地方によっていろいろ変わる。方言で呼ぶからだろ
うけれど、東京でヤマベと呼ぶ魚はコイ科のオイカワというのが
本当らしい。
ヤマメほどではないが、清流に棲む魚である。
所によっては、ハヤとかハエとかも呼ぶらしい。
産卵期の雄は鮮やかな婚姻色と追い星を呈し、その神秘的なブルーは熱帯魚にも勝る美しさだ。
追い星というのはニキビのようなものだ。成熟を示す吹き出物が
顔のまわりにプツプツ出てくるのは、人間も魚も同じというわけ
か。そう思って見ると、なんともかわいい。

釣果の多かった日は、家に帰って調理にいそしむ。
はらわたをとって、小麦粉を薄くまぶし、唐揚げにする。
部屋が油の匂いで満たされる。
揚がった魚は、そのままでも美味しいが、一つ二つとつまみなが
ら日持ちさせるために、次の行程に進む。
酢と醤油と砂糖とすり下ろしたニンニク、唐辛子を混ぜて、その
中に漬け込むのだ。すぐ食べても美味だが、2~3日置くとまた
格別である。
要は小鯵の南蛮漬けと同じである。

次第に多摩川の汚染が進んで来て、いつとはなしにやめた釣りだった。もとよりそんなに長くは続かなかったであろうが。

東京湾のハゼ釣り大会に、大勢で船を仕立てて出かけたのは、川釣りに飽きた頃のことだ。
餌にするゴカイを私が平気で手でちぎるので、みんながホウと眺
める。
釣果は二位の成績程度だったが、全部人にくれてやったから、そ
の人がダントツの一位になって、ニヤニヤと得意げだった。

そのころ書いた詩の中に「うぐいの漁だ大漁だ」とか「走る鮎」
とか「のっこみ のっこみ ソラ鮒だ」とか「じっとしていられ
ない」などなど、ま、あまり女性としては取り組みにくい内容で
はあるが、結構自分でも満足のいく作品が、幾つか生まれたのは宝だった。

何でもやって見るに越したことはない。世界が広がるし、思い出
が出来る。
語らなくても、いざというとき、話題が豊富になるのもいい。

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